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2006年10月

2006.10.31

14-8 主計町の路地(石川県金沢市)

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「主計町」と書いて「かずえまち」と読みます。この由緒ありそうな町名は、住居表示の実施によって統合され一時期消えてしまっていましたが、平成11年、正式な町名として見事復活を果たしました(これは全国初の事例なのだそうです)。
主計町は、かつて金沢の三大茶屋街として栄え、浅野川に沿って多くの茶屋が建ち並んでいました。この路地は、川沿いの通りから一本入った所です。人通りの少ない静かな時間の画像ですが、生活感は伝わってきます。木造の家屋に囲まれ、格子戸からは木のぬくもりが感じられる、ヒューマンスケールで魅力的な路地です。

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2006.10.29

14-7 ユダヤ人街の路地(スペイン・コルドバ)

147コルドバは、かつてイスラム教徒の支配下に置かれていた時代には、100万の人口を誇る世界一の大都市として栄えた古都です。そんな過去の栄光を反映してか、旧市街の風景にはどことなく気品が感じられます。
写真は「ユダヤ人街」と呼ばれる地区の、住宅街の路地を、勝手に撮ったものです。白い建物の窓辺に色とりどりの花が飾られ、南国らしさを感じます。路地の舗装もきめ細かくて美しいです。

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2006.10.27

14-6 飯田市街の路地(長野県)

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飯田の市街地は、大きな被害を出した昭和22年の大火をきっかけに、2本の広幅員道路(防火帯)をはじめとする広々とした道路で整然と区画されていますが、所々にこのような路地も見られます。再開発ビルの間をくぐり抜けるこの路地沿いには昔ながらの蔵が残っており、事務所や店舗として活用されています。狭いながら並木も植えられており、そぞろ歩きが楽しい路地です。
この他にも、飯田の市街地では「裏界線」と呼ばれる路地が多く見られるのが特徴的です。これもやはり大火の教訓から、消防活動の空間と避難路を確保するため、建物の裏側にあたる境界線から建物の位置をそれぞれセットバックさせて、通り抜けできる空間を設けています。裏界線はこの路地と交差する方向に、市街地を平行して数本走っています。災い転じて福となすと言いますが、この街では火事をきっかけとして、他の街では見られない個性的な都市空間が造られています。

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2006.10.25

14-5 奈良町の路地(奈良市)

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小学校の社会科の時間に習うとおり、奈良はかつてこの日本の首都だったほどの街です。にもかかわらず、その後この街が歴史の表舞台に登場することはほとんどなかったように思います。8世紀以降現代まで、奈良はいったいどんな歴史を辿ってきたのか、常々疑問だったのですが、奈良の歴史的な街並みは、江戸時代の面影を残すこの「奈良町」と呼ばれる地区で見ることができました。「江戸」時代なのに「奈良」町って、ちょっと違和感ありますが(笑)。
奈良町では、白壁にうだつ(隣家への延焼を防ぐ防火壁)の上がった町家が多く見られます。街中に細い路地が張り巡らされ、生活感のある下町といったような印象を受けます。街の景色は全体的に赤茶けていて、夕暮れ時がよく似合います。私が子どもの頃育った環境とはだいぶ違うはずなのですが、それでもなぜか、日が暮れるまで外で遊んでいた頃のことを思い起こさせるような、どこか懐かしさを感じる風景です。

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2006.10.23

14-4 フライブルク旧市街の路地(ドイツ)

144_2環境に配慮したまちづくりで「環境首都」と呼ばれるドイツ南西部の都市・フライブルク(Freiburg im Breisgau)の中心部一帯は、車の乗り入れを禁止しており、歩行者にやさしい街となっています。車を気にせず歩ける通りは人々で賑わい、心なしかその表情も楽しげです。
この街で特徴的なのは、各通りに画面右側に見られるような「ベッヒレ」と呼ばれる小さな水路が流れていることです(決してただのドブではありません)。シュヴァルツヴァルト(黒い森)からの水が流れてくる水路には、街の気温を若干涼しくする効果もあるそうです。

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2006.10.21

14-3 先斗町(京都市)

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京都の中心にある飲食店街ですが、とにかく信じられないくらい狭い! にも関わらずたくさんの人で賑わっている! この夜は雨が降っていたので、傘を差しているとすれ違うのに苦労するほどでした。通り沿いに並ぶ色とりどりの店の灯りがとても幻想的です。

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2006.10.19

14-2 ムフタール通り(フランス・パリ)

142_1ソルボンヌのある、カルチェ・ラタンと呼ばれる地区の通りです。通りには店や食堂などが並び、生活感があります。私が頭の中に抱いていたパリの下町のイメージにぴったりで、最も気に入った場所の一つです。パリはシャンゼリゼ(2006年5月・2-1参照)やエッフェル塔(2006年6月・4-2参照)のようなモニュメンタルな空間もいいですが、こんな路地も味があって素敵ですよね。

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2006.10.17

14-1 シエルペス通り(スペイン・セヴィーリャ)

141闘牛で有名なアンダルシア地方の都市・セヴィーリャの、この細い路地が、一応目抜き通りなんだそうです。人間は大通りより、こういう細い道の方に集まりたくなるような習性があるんでしょうか。セヴィーリャは、私が初めて出会ったヨーロッパの都市で、地図を見た時は迷路のようなわかりにくい構造だと感じたのですが、旧市街の外側から道なりに歩いていくうちになんとなく街の中心へと自然に導かれていき、いつの間にかこの通りに辿り着くことができました。
ところで、この目抜き通りですが、ほとんどの店がシャッターを降ろし、店の前には通りに沿ってたくさんの椅子が並べられています。これは、ちょうど訪れた時が「セマナ・サンタ」という有名な祭りの直前で、その準備をしていたからです。

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2006.10.16

14「路地の風景」

最近の道路は、広ければ広いほどいい、という風潮の元に造られているような感じがします。現在の法律では、おもに防災上の理由から道路の幅員は最低6m必要とされていて、それより細い既存の道は、将来的にはどんどん広げられていく運命にあります。さらに、車がすれ違えるように、歩行者の安全のために歩道を造ろう、歩道の幅は車いすがすれ違えるように、歩道には街路樹を植えよう・・・そうやっていくと必要な幅員はどんどん広がっていってしまいます。
でも、細い路地、曲がりくねった路地、入り組んだ路地って、そんなにいけないものでしょうか。防犯や交通安全の観点から言えば、むしろ安全なような気もしますし、何より人間的で温かい感じがして、とても魅力的だと思うのですが。想像してみてください。もしも日本中の都市から路地がすべてなくなってしまったら、日本の都市景観はどんなに味気ないものになってしまうことでしょう!
というわけで、今回のシリーズでは、国内から、海外から、私の心を虜にした素敵な路地をご紹介していきたいと思います。

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2006.10.13

13-6 ファッション・ショー(米国・ラスヴェガス)

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そしてさらに地球を西に廻り、最後はラスヴェガスです。
ラスヴェガス一の繁華街ザ・ストリップ(2006年6月・6-1参照)に面するショッピング・モールです。ラスヴェガスの街に建つ建物は、テーマパークの中のようにどれも世界各国の有名建造物を模したようなものばかりなので、この建物のように東京の代官山や表参道にありそうな現代的なスタイルというのは珍しい方の部類に入り、とても地味に見えます。
このショッピング・モールには、通りに面して半月状の広場が設けられ、その上をご覧のようにやや量感のある大屋根が覆っています。この大屋根はラスヴェガスの夏の強い陽射しを和らげるのに役立って・・・いるのでしょうか? 何せ、夏のラスヴェガスの屋外の暑さといったら、息をするのも苦しい、地域一帯がサウナの中のような気候ですから。

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2006.10.11

13-5 ソニー・センター(ドイツ・ベルリン)

135_1前回の世田谷から西へ進み、ついにベルリンまでやって来ました(笑)。
ベルリンの壁によって分断されていたポツダム広場周辺の再開発地区の一つで、2000年に欧州大陸におけるソニーの新たな拠点として建設され、オフィスの他、商業施設や文化施設等も導入されています。画像は地区の中央に位置する円形の広場のショットで、上空にはサーカスのテントのような大屋根が架けられています。
で、この大屋根なのですが、遠くから見ると、日本人の私にはどうみても富士山をイメージしたとしか思えないようなシルエットをしているのです。実際現地でも「ベルリンのフジヤマ」と呼ばれているそうです。日本企業だから富士山でいいか、という単純な発想がヨーロッパでも許されてしまうんですね。そして文化侵略だなんてという批判は起きなかったのでしょうか。ちょっと気になります。

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2006.10.09

13-4 用賀駅(東京都世田谷区)

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副都心・渋谷から、地下を走る東急田園都市線で10分ほどの郊外に位置する駅です。急行も停まらないような駅にしてはちょっと造りが大げさな気もしますが、その訳はこの駅前に同じ東急グループによって再開発されたオフィス街「世田谷ビジネススクエア」があり、その玄関口になっているからです。
というわけで、駅周辺のデザインは最先端・近未来指向といった感じで、駅へと下る階段の上に設けられたこの大屋根は、なんだか空飛ぶ円盤が覆い被さっているように見えます。

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2006.10.06

13-3 恵比寿ガーデンプレース(東京都)

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恵比寿ガーデンプレース(YGP)も早いものでオープン後10年以上を経過し、近年続いてきた東京の再開発の老舗といった印象すらあります。YGPで最も代表的な景観は、JR恵比寿駅側のエントランスから、つまり反対側からこの広場を見たところで、広場のヴォールト状の屋根を囲んで、その背後にヨーロッパの古城風の高級レストラン、両側に斜に構えた高層ビル群が林立しているアングルがとても印象的です。
YGPの中心に位置するこの広場は、エントランス方面からは坂を下った突き当たりに位置するので、囲まれた体育館の中にいるようで、とても落ち着く空間です。そしてここは観光客や外国人などを含む周辺住民でいつも賑わっています。東京の人はこういう広場的な空間に飢えていたのかな?という感じがします。

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2006.10.04

13-2 六本木ヒルズアリーナ(東京都港区)

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開業以来何かと話題を振りまいてきた六本木ヒルズにとっての、シンボル的な空間です。テレビ朝日の新社屋(画面左側の建物)に隣接していることもあり、様々なイベントが行われテレビ映像で発信されるので、見覚えのある方も多いかもしれません。
広場には楕円形の平面形状を持つガラスの大屋根が架かり、地面は細かい模様と段差のついたボードウォークです。前回のアークヒルズ・カラヤン広場(13-1参照)と比べると軽やかで近未来的な印象ですが、この広場を取り囲むデザインはどれも奇をてらっているだけのような感じがして、私にとってはいまいち落ち着けない空間です。じゃあわざわざ取り上げるなよ、という声も聞こえてきそうですが・・・。

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2006.10.02

13-1 アークヒルズ・カラヤン広場(東京都港区)

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アークヒルズは、赤坂と六本木の中間に位置する(ARKはAkasakaとRoppongiのKnotを意味)1980年代を代表する再開発事業です。広場に世界的な指揮者の名前が付けられているのは、本格的な音楽ホールとして名高いサントリー・ホールに面しているからでしょう。オフィスビルにホテル、都市型住宅、さらにこうした文化施設やテレビ局(テレビ朝日)という情報発信拠点機能を複合させた点が、当時としては画期的だったように思います。
この広場を取り囲むデザイン要素は、がっしりとしたトラス組みの大屋根、高価そうな広場の舗装、画面右側の太い列柱、壁面を這う緑のヴォリューム感、広場を取り囲むタイル貼りのビルの壁面の硬質な感じ、そして手前に置かれたアートに至るまで、どれをとっても21世紀の視点から見ると、重厚そうな印象を与え、80年代というバブル期前夜の香りがします。好意的に見れば、トラディショナルで落ち着いた雰囲気の広場、という言い方もできます。
ここから歩いていける距離には、同じ森ビルが2003年にオープンさせた六本木ヒルズがあります。次回取り上げる予定ですので、是非比較してみてください。

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2006.10.01

13「大屋根の風景」

近年の再開発によって生まれた都市の広場には、ガラスなど透過性の高い材質による大屋根の架かった空間が多く見られます。これには雨風や陽射しを防ぐといった実質的な役割があるのはもちろんですが、「広場」という、建物の建たない、そして取り囲む建物がなければその存在すらあやうい空白の場所を、領域として際だたせるという大きな意味もあるように思います。まるでテキストの中のいちばん重要な部分を、上から蛍光マーカーでなぞるように。
そんな大屋根の架かった、現代の都市広場をご紹介します。今回のツアーは、まず「東京見物」から始めてみましょうか。そして西へ、西へ、と。

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