J-04 南東北

2018.12.19

97-17 山居倉庫ケヤキ並木(山形県酒田市)

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前回(97-16)ご紹介した倉庫の真裏にあたる場所で、「山居倉庫」と言えばこちら側のケヤキ並木の風景の方がよく知られているのではないでしょうか。かつてJR東日本「大人の休日倶楽部」のコマーシャル・フィルムで吉永小百合さんがここを歩いておられたのが印象に残っています。私はここが、両側にケヤキの街路樹が植えられたよくある大通りのような場所だと勘違いしていたのですがそうではなく、人気(ひとけ)のない単なる敷地の裏手の境界に沿った生垣のようにケヤキが植えられている、というシチュエーションです(一応石畳は敷かれていますが)。働く人や車の出入りがある倉庫の正面とは逆のひっそりとしたロケーションに似つかわしく、どっしりと太い幹のケヤキと、板張りの古い建物の漆黒の色合いがシックで、時が止まったような静けさを感じる風景です。

ちなみに、樹齢150年以上にもなるというこのケヤキは40本近く植えられており、夏の強い陽射しを遮ると同時に冬の強い季節風を防ぎ、倉庫内の温度を一定に保つのに役立っているのだそうです。

 

今回のシリーズでは、これまで17回に渡って山形県内の風景をお届けしてきましたが、次回からは別の地域を取り上げていこうと思います。

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2018.12.18

97-16 山居倉庫(山形県酒田市)

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数日前から何度も名前が出ているこの「山居(さんきょ)倉庫」は、明治26年に建てられた米の保管倉庫で、米の積出港として賑わった酒田の歴史を伝える、米どころ庄内地方のシンボル的な存在となっています。ここも銀山温泉(97-811)同様、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」のストーリー上重要な舞台となりました。

白壁、土蔵づくりの建物が12棟並んでおり、3棟は「酒田市観光物産館」「庄内米歴史資料館」として改装され一般開放されていますが、その他の9棟はなんと現在も現役の倉庫として使用され、10,800t18万俵)の米を収容できるそうです。

そんな訳で、訪れて強く感じるのは「現役感」で、ここを「職場」として実際に働いている方々の姿を観光客よりも多く見かけることができます(特に平日だったから?)。一方で、現代において「倉庫」という言葉から連想されるような殺風景さはなく、緩勾配の屋根が妻側を見せて並ぶ古い木造建築がヒューマンな温もりを醸し出している「物流施設」です。

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2018.12.17

97-15 山居橋から見た山居倉庫(山形県酒田市)

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酒田の有名な観光名所「山居(さんきょ)倉庫」の前を流れる川には歩行者専用の橋が架かっており、市街地方面からの歩行者ルートを形成しています。この「山居橋」は、昭和34年までここにあった木橋を平成5年に復元したもので、鉄筋構造をヒバ材で覆った太鼓橋に行灯風の照明灯を備えています。対岸からこの橋越しに眺めると、山居倉庫の歴史的な雰囲気がより高まるように感じられます。

山居倉庫については、次回以降改めてご紹介する予定です。

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2018.12.16

97-14 中通り商店街 その2(山形県酒田市)

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前回(97-13)の続きです。

この地区一帯は古くから酒田市のみならず、庄内地方最大の繁華街だったそうですが、1976年に起きた「酒田大火」により、一夜にして商店街の22.5haが焼失してしまいました。

商店街の復興にあたっては、この地域特有の激しい風雨を凌ぐためにどうしてもアーケードを設けたかったそうなのですが、大火を経験したばかりのこの街で、防火上問題の大きいアーケードの設置の許可は下りなかったようです。

そこで、横浜の「元町ショッピングストリート」のように通り沿いの店舗がそれぞれの1階部分を1.5mずつセットバック(壁面後退)させ、さらに歩道上に1.5mの「庇」を出すことで、幅員3mの「アーケード付き」歩行者空間を創出したのです。画像のとおり、この区間では歩道と車道の間には盆栽を思わせる緑地帯が設けられて所々に彫像も置かれ、車道をクランクさせることで通過交通のスピードを抑制させるなど、数々の工夫を凝らした酒田独特の「ショッピング・モール」が整備されました。

他の地方都市の商店街でも見られる現象かと思いますが、せっかく地元の先人達の努力で素敵な空間が造られたのに、今はシャッターを下ろした店が多く、人通りが少ないのは残念ですね。

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2018.12.15

97-13 中通り商店街 その1(山形県酒田市)

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酒田市は山形県北西部の庄内地方に位置する、県内第3の都市です。その玄関口JR酒田駅に降り立ち、レンタサイクルを借りて酒田最大の観光名所である山居倉庫(近日中にご紹介する予定です)に向かって走らせている途中、鮮やかなオレンジ色の、清新な感じのアーケード(人通りがない分、余計にすっきりして見えたのでしょうか…)が、緩やかな上り坂に沿って並ぶ商店街が目に入ったので、寄り道して撮ってみたのがこの画像です。この商店街の画像をインターネットで検索してみると、アーケードの色がブルーになっているものがほとんどなので、もしかしたら最近塗り替えたばかりだからきれいなのでしょうか…。

この「中通り商店街」については、次回詳しくお話しする予定です。

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2018.12.14

97-12 最上広域交流センターゆめりあ(山形県新庄市)

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山形新幹線の終着駅であるJR新庄駅と一体的に整備された施設で、多様なイベントが開催される「花と緑の交流広場」、最上(もがみ)地方の自然や生活の雰囲気を体感できる「もがみ体験館」、特産品などを展示販売している「もがみ物産館」、観光情報を得られる「もがみ情報案内センター」、その他ギャラリー、会議室、飲食店などから構成されています。

新庄駅での列車の接続が悪く、時間潰しのために寄った施設だったのですが、特に「もがみ体験館」の展示内容が充実していて、内容を全部見るには時間が足りないほどでした。建物も立派です。外観は以前の山形新幹線の車両を思わせるようなメタリックに輝くガラス張り、内部は木のぬくもりが感じられる板張りで、画像の最上地方の豊かな自然や緑をイメージしたという「最上の中庭」に面した光溢れる回廊を歩いていると、米国のサンアントニオやニューオーリンズの中心部にこんな造りのショッピング・センターがあったな…などと思うほどでした。

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2018.12.13

97-11 銀山川に架かる橋(山形県尾花沢市)

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前回(97-10)に引き続き、銀山温泉を流れる銀山川と、その上に架かる橋をフィーチャーしています。

一般車通行禁止となっているこの温泉街の川には、幅が狭い橋が多くかけられています。それらはどうやら、椅子とテーブル、プランターが並べられているこの画像からもわかるように、対岸へ渡るためというよりは、京都の鴨川における「川床」のように、水辺で憩うためのバルコニーの役割を果たしているかに思えます。

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2018.12.12

97-10 銀山川(山形県尾花沢市)

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前々回(97-8)触れたとおり、銀山温泉は銀山川の両岸に形成された温泉街ですが、そこを流れる狭い川には多くの橋が架けられています。橋と橋の間隔はなぜか非常に短く、川沿いの全ての建物の前に橋があるんじゃないかと思うほど密で、対岸へ渡るために遠回りを強いられるストレスは全くなさそうです。

ところで、画像右側の、狭い道に小さなテーブルと椅子が置かれている場所の前にある建物も温泉旅館の一つです。大正末期~昭和初期に建てられた古い建物が並ぶ中、2006年にリノベーションされたこの建築は異彩を放ちながらも、白木の縦格子をふんだんに使った外観が周囲の街並みに上手く溶け込んでもいます。手がけられたのは「和の大家」と言われているらしい、世界的建築家・隈研吾さんです。以前から著名な方ではあったと思うのですが、新国立競技場の設計者に選定されて以降メディアでお名前を聞く機会が増え、より一般的な知名度がより高まったように感じられます。

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2018.12.11

97-9 銀山温泉の旅館(山形県尾花沢市)

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前回(97-8)からご紹介している、大正ロマンあふれる銀山温泉の街並みの中でも、望楼を有していることから一際高く華やかに見える建築がこの旅館で、国の登録有形文化財に指定されているそうです。ちなみに、画像右端の看板に大書されている「木戸佐左エ門」とはこの旅館の名前ではなく、創業者の名前だそうで…なぜ旅館名より創業者の個人名をここまで目立たせる必要があるのか、よくわかりませんが…(笑)。

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2018.12.10

97-8 銀山温泉の街並み(山形県尾花沢市)

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「銀山温泉」の名は、かつて江戸時代初期に栄えた「延沢銀山」に由来しており、銀を採掘していた鉱夫によって見つけられた温泉なのだそうです。銀の採掘が衰退した後は、替わって温泉湯治が盛んになっていきました。1913年の大洪水により温泉街は壊滅しましたが地元財界の力で復興し、現在の景観が造られました。

その景観とは、大正末期~昭和初期に建てられた木造多層の旅館が川(銀山川)の両岸に沿って軒を並べる…という大正ロマン漂うもので、外壁に華やかな鏝絵(こてえ・漆喰を用いて作られるレリーフ)が施されている旅館もあります。街並みに沿ってガス灯が立っており、夜、とりわけ雪の夜の風景は幻想的な素晴らしさ、らしいです。尾花沢市では1986年に「銀山温泉家並保存条例」を制定して景観整備に努め、1995年度には山形経済同友会主催の「やまがた景観デザイン賞」を受賞しています。

銀山温泉はNHK連続テレビ小説「おしん」の舞台となったことで一躍脚光を浴び、全国的にその名を知られることになりましたが、「おしん」は海外でも放送され、特にアジア圏で反響が大きかったことから、そういった国々の観光客も多く訪れるそうです。

ここは尾花沢の中心市街地からも、最寄駅からも遠く離れており(山形新幹線大石田駅よりバスで40分)、「よくこんな人里離れた不便な山の麓にこんな立派な温泉街が…」と感心させられます。そんな立地にもちょっと非現実感があります。

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