J-2 北関東・甲信越

2006.09.27

12-5 飯田市美術博物館(長野県飯田市)

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城下町だった飯田の中心市街地は、中央アルプスの斜面上に突き出たバルコニーのような丘の上に位置しています。この美術博物館は、丘の先端の最も眺めの良い場所に位置していて、一般に開放された屋上は一帯を見晴らせる展望台のようになっています。
この建物は京都駅ビル(2006年4月・1-1参照)などの設計で知られる、地元出身の建築家原広司氏によるものです。京都駅ビルなどもそうですが、この人の建築は、シンプルさよりは表現の豊かさを指向しているというか、妙に模様のような具体的な形態が多く使われている感じがします。建築のことはあまりよくわかりませんが。画面右側には、上部が雲を象ったような塔状の設備(?)が見えます。やはりこれも空を意識したデザインなのでしょうか。

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2006.10.27

14-6 飯田市街の路地(長野県)

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飯田の市街地は、大きな被害を出した昭和22年の大火をきっかけに、2本の広幅員道路(防火帯)をはじめとする広々とした道路で整然と区画されていますが、所々にこのような路地も見られます。再開発ビルの間をくぐり抜けるこの路地沿いには昔ながらの蔵が残っており、事務所や店舗として活用されています。狭いながら並木も植えられており、そぞろ歩きが楽しい路地です。
この他にも、飯田の市街地では「裏界線」と呼ばれる路地が多く見られるのが特徴的です。これもやはり大火の教訓から、消防活動の空間と避難路を確保するため、建物の裏側にあたる境界線から建物の位置をそれぞれセットバックさせて、通り抜けできる空間を設けています。裏界線はこの路地と交差する方向に、市街地を平行して数本走っています。災い転じて福となすと言いますが、この街では火事をきっかけとして、他の街では見られない個性的な都市空間が造られています。

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2006.11.09

15-5 メルパルク長野(長野市)

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真っ赤な立方体のブロックを積み上げたセットが連続して並び、その高さは建物から通りに向かって段々低くなっています。その連続の先には、歩道に設置された郵便ポストがあります。よくよく見るとブロックの色や形は郵便ポストに合わせて作られていることがわかります。まるで郵便ポストが起承転結の結、つまり「オチ」として使われているように見え、なかなかユーモアが感じられます。
メルパルクは、日本郵政公社が運営する郵便貯金会館です。つまりその事実を十二分にアピールしたいがために、わざわざこんなアートを設置したのでしょう。ここは長野オリンピックの開催とほぼ同時期にオープンしたのですが、その後わずか10年足らずで郵政事業を取り巻く状況は大きく変わりました。昨年郵政民営化是非の議論が盛んだった頃、長野の人々はどのような想いでこの風景を見つめていたのでしょうか。

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2007.04.08

25-5 リンゴ並木(長野県飯田市)

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「リンゴ並木」ですから、確かにリンゴの木が植わっていて、ちょうど白い花も咲かせているようですが、私にとっては手前のチューリップの色鮮やかさの方が重要でした。そして何より、こんな地方の小都市に、これほど立派な公園通りが設けられて、美しく景観整備された水と緑の空間となっている点にいたく感銘を受けました。通り沿いの建物群がみすぼらしいのがかえすがえすも残念です。
この「リンゴ並木」は、飯田市民にとって精神的な象徴でもあるようです。市内の中学生の発案によって、大火を機に設けられた防火帯の空間にリンゴ並木を植えることになり、その後数十年間も彼らによって世話され続けてきて、実がなっても盗む者は誰もいないという伝説のような事実は、この地域に、それこそリンゴの木々のようにしっかりとしたコミュニティが根付いているということを示しているように思います。

※関連バックナンバー
 2006年10月 14-6「飯田市街の路地」

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2007.04.17

26-1 妻籠宿の郵便ポスト(長野県南木曽町)

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妻籠宿は、江戸時代の街並みがそのまま残っている旧中山道の宿場町です。昭和51年に国の伝統的建造物群保存地区に指定されるなど、かなり早い時期から街並み保存に熱心に取り組んでいる地域で、かつての繁栄の面影が偲ばれる、とても風情のある観光地です。

そんな街並みに調和するよう、郵便ポストは標準仕様の赤いものではなく、画像のように歴史を感じさせるスタイルのものが立っています。「書状集箱」と書かれています。ちょっとテーマパークっぽい発想で、そこまでしなくてもという感じもしますが・・・。

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2007.07.24

32-6 千波湖の桜並木(茨城県水戸市)

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この千波湖や、日本三大名園として知られる「偕楽園」を含む「偕楽園公園」は、なんでも、「市街地に隣接した公園としては」「ニューヨークのセントラル・パークに次いで」世界第2位の広さを誇っているのだそうです(そうアピールされています)・・・。

「その定義って、どうなの?」とか、「比較対象がセントラル・パークって・・・」とか、突っ込み所は満載なのですが(苦笑)、それはともかく、東京方面からJRで水戸駅にアプローチしようとすると、到着間際の車窓にはこの公園が街の前庭のように広がっていて、水戸という都市の第一印象をだいぶ良くしてくれているように思います。

この桜並木は、両側を湖と川に挟まれた、言わば水上の散策路です。どこかへアクセスできるわけでもない長い一本道がひたすら続きます。つまり純粋に湖の風景を楽しむためだけにある道なのかもしれません。水際では様々な鳥が羽を休めて寛いでいる姿が見られます。

ここへは3月下旬、桜が咲くちょっと前に訪れました。東京方面からやって来ると若干寒くなったような気がして、水戸ってやっぱり北にあるんだ、と実感させられました。空や水の色、そして桜の木々の様子から、早春の肌寒さが感じられるショットです。

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2007.11.24

40-5 茨城県庁三の丸庁舎(水戸市)

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日本では城下町が県庁所在地になっていると、かつての城跡に県庁舎が置かれるというケースがよく見られます。為政者がお殿様から官僚に変わっても、政(まつりごと)を司る権力の地理的中心は変わらない、という図式です。茨城県の県庁所在地・水戸の場合も、やはり水戸城の跡に県庁があったのですが、1999年、県庁機能が市郊外部に新築された高層庁舎に移転され、画像の旧庁舎は「三の丸庁舎」として一部の機能が残されるのみとなりました。同じ市内での移転なので、依然として水戸市が茨城の「県庁所在地」として君臨していることには変わりないのですが、庁舎移転が中心市街地に及ぼす影響については議論が分かれそうです・・・。

さて、この旧庁舎、かつての城の中に位置しているので、周囲を深い空堀に囲まれ、アクセスはほぼ画面中央の道路からに限られています。この現代の日本において、いったい何から、何を守ろうとしているのでしょうか。そして行き止まりの道路の真正面には、昔ながらの石造りの偉そうな庁舎が鎮座しています。なんだかすごく威張っていて、いかにも昔ながらの、県庁舎らしい県庁舎という感じがします。

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2008.01.13

43-4 三連蔵前の広場(長野県飯田市)

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飯田市街のシンボル軸とも言うべき公園通り「リンゴ並木」(※)に面した四つ角という、かなりの一等地にこの「三連蔵(さんれんぐら)」は位置しています。したがって、江戸時代に建てられたという、その名のとおり連続する三つの蔵は市民にとっての重要なランドマークであり、その前の広場は街の人々にとって「聖地」のような場所と言えるのかもしれません。

そんな街にとっての重要性を意識してか、この蔵は資料館や市民ギャラリーといった公共性の高い施設の他、レストランやカフェ、実験ショップなど、街の賑わいに資するような施設として活用されています。全国的に衰退傾向にある中心市街地の活性化のためには、こうした人が集まるための街角広場的な空間が求められているのかもしれません。

※関連バックナンバー
 2007年4月 25-5「リンゴ並木」
 200610月 14-6「飯田市街の路地」(J-2 北関東・甲信越)

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2008.01.19

43-7 湯畑(群馬県草津町)

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「湯畑(ゆばたけ)」とは、温泉の源泉を地表や木製の樋に掛け流し、温泉の成分である湯の花の採取や、湯温の調節を行う施設のことです(柵の内側に見えています)。ここ草津温泉では、湯畑の周囲が広々としたロータリー状になっていて、画面右側の小屋で足湯ができたり、ベンチが置いてあったりと、広場的に整備されています(デザインは故・岡本太郎氏によるものらしいです)。広場の周りには土産物屋、旅館、共同浴場等が建ち並び、観光客で賑わう、草津の温泉街の中心的な空間、シンボル的な存在となっています。

しかし、考えてみれば何だか奇妙です。湯けむりが上がっていて温泉らしい風情が感じられるからよいようなものの、言ってみればこうした施設は、一般的には人の目に触れないような場所に配置されるはずのものです。例えば、同じく水に関連する浄水場や下水処理場のようなインフラを、街のど真ん中に露出させて配置して崇め奉り、その周りが広場になって人々が集まる、といった光景が想像できるでしょうか?

ところが、私の妄想は、そこからさらに展開します。水は都市の成立にとって、もっと言えば人間の生活にとって必要不可欠なものです。例えば、都市の上水道が十分に発達していない時代・地域・社会において、水の湧き出る場所が発見されて、その周りに街ができ、女たちが家々から毎日、街の中心にある泉に水を汲んだり、洗濯をしたりするために通い、そこで「井戸端会議」の輪が広がり、泉の周りに集まる人々を目当てに行商人がやってきて、市も開かれ、泉は都市の中心、街のシンボルとして確固たる地位を築いていく・・・そんなストーリーがあっても全然不思議じゃないと思います。水は都市の中心にあるべきで、もっとみんなに親しまれ、大事にされるべきもの。この湯畑に人が集まる光景を見ていると(ここではお湯ですが)、そんなことを思ってしまいました。水あっての人間、都市。お湯あっての草津温泉ですからね。

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2008.01.24

44-3 筑波研究学園都市の道路(茨城県つくば市)

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筑波研究学園都市のセンター地区を通る道路をペデストリアン・デッキの上から撮影したものです。街路樹や中央分離帯の植栽を備えた、両側6車線の道路が真っ直ぐに通っています。都心部にこのような立派な道路がちゃんと整備されているのは、計画的に造られた都市ならではです。沿道の建物も心なしかお行儀よく並んでいるように見えます。地形が平坦で、それほど高い建物もなく、電線・電柱の類も一切ないので、大陸的な空の広さが感じられます。

この街のこんな人工的な雰囲気が、嫌いな人にはたまらなく耐えられないのでしょうね。私は嫌いじゃないです。まぁ、実際に住んでみて、毎日目にしていたら、どう思うかはわかりませんが・・・(笑)。

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2008.01.26

44-5 千波湖岸の道路(茨城県水戸市)

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兼六園の次は、偕楽園です。画面左側に見えるプラットフォームは、毎年梅の咲く時期のみ開設される臨時駅「偕楽園駅」のものです。右側には千波湖と桜並木(※)が見えています。ここは水戸を代表する景勝地です。

各車線の路面上に様々な行き先が表示されていることからわかるように(画像はクリックすると拡大します)、この交差点の形状は、絡み合うスパゲッティのように複雑です。その複雑な交差点の道路線形が、都市公園の風景を損なわないよう、緩やかなカーヴを描く曲線で処理されているところに、巨大な地上絵を見るような優美さが感じられます。

※関連バックナンバー

 2007年7月 32-6「千波湖の桜並木」

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2008.04.25

50-7 リゾナーレ・ピーマン通り(山梨県北杜市)

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八ヶ岳高原にマイカル・グループが造ったリゾート施設内の風景です。私有地の中の道なので歩行者専用もへったくれもないのですが、車の通らないこの道沿いの1階部分には土産物屋や飲食店が並び、道の上ではテラス席が設けられたり、イベントが行われたりして、ほどよい賑わいが形成されています。

外国人建築家によって設計されたこの「ピーマン通り」の街並みは、現代的なデザインながら、ヨーロッパの小さな村のメイン・ストリートのような雰囲気が醸し出されている空間です。この通り沿いの建物の2階・3階部分は宿泊施設のゲストルームとなっているようです。通りの裏側は雄大な緑の高原の風景が広がっていますが、通りの方を見ればアーバンな賑わいがあるという、正反対な二つの要素が楽しめる点が、リゾート・ホテルとしてはユニークな造り方なのかな、と思います。

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2008.05.02

51-1 リゾナーレ(山梨県北杜市)

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先日取り上げたばかりの(※)リゾナーレ・ピーマン通りの裏側の風景はこんな感じです。木製のテラスと、テーブルと椅子が見えますが、通りに面した飲食店は、裏庭にあたるこちら側にはテラス席を設けているようです。高地らしい針葉樹林の風景の中では、乗馬等のアクティヴィティも行われているようです。

当サイトではこれまであまり取り上げてこなかった、高原リゾートの爽やかな緑の風景に、癒されてください。

※関連バックナンバー
 2008年4月 50-7「リゾナーレ・ピーマン通り」

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2008.07.02

55-1 リゾナーレの木(山梨県北杜市)

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今年の4月以降、当サイトでもう3回も取り上げているリゾート施設です(※)。「リゾナーレ」という単語で検索してアクセスされる方も多いようなので、よい宣伝になっているのではないか、と勝手に自負しております(笑)。
ホテル棟のエントランスにあたるピロティ(壁がなく、柱のみで構成された、地上階の半屋外空間)に、この木はあります。薄暗い空間の中で、この木の植えられた場所だけが、スポット・ライトのような眩しい太陽の光を浴びてキラキラと輝き、妙に神々しい存在感を放っている木です。


※関連バックナンバー
 2008年5月 51-1「リゾナーレ」
 2008年4月 50-7「リゾナーレ・ピーマン通り」

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2008.11.05

63-3 鳥屋野潟(新潟市)

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「とやのがた」と読みます。新潟市郊外に広がる、面積1.37平方キロメートルの潟です。画像の場所は3地区に分かれて立地している鳥屋野潟公園の、「女池地区」にあたります。

この画像は、水面をかなり遠巻きに撮っています。普通このような公園は水辺に近づけるように整備を行うことが多いと思うのですが、ここにはなぜかそのような場所がありませんでした。白鳥が飛来するというこの潟を人間から遠ざけ、動植物たちにとってのサンクチュアリ(聖域)として保全しようとしているようにも感じられました。

そして対岸には、巨大な宇宙船のような形をした建物が、まるで蜃気楼のように浮かんで見えます。これは2002FIFAワールドカップの会場として建設され、現在Jリーグ・アルビレックス新潟のホーム・スタジアムとして使用されている、東北電力ビッグスワンスタジアムです。サッカー・スタジアムというのは、広さもさることながら、ものすごい高さも必要なんだな、ということがよくわかります。

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2008.11.29

64-8 飯田駅(長野県)

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東京から(名古屋でもいいのですが)長野県南部の飯田市に向かうのに最も速くて便利な交通機関は、鉄道ではなく、高速バスでしょう。この地域に通じる唯一の鉄道であるJR飯田線は、「偉大なるローカル線」といった風情で、駅間距離が短い上に、急カーヴ、急勾配が多く、高速運転には向かない路線なのです。この街に遠方から鉄道でアクセスしようというのは、あまりにも時間がかかるので現実的ではありません。というわけで、「飯田市の玄関口」と紹介してしまうのはちょっと憚られる駅なのですが・・・

それはともかく、駅舎の屋根の鮮やかな紅い色、妻側の壁の白さ、全体的に丸みを帯びたデザインから、あなたは一体何を連想しますか? ・・・おそらく答えはみんな一緒でしょう。そう、「リンゴ」です。長野だから、リンゴ。実にわかりやすいですね(笑)。

・・・そう言えば、この街のシンボルは「リンゴ並木」(※)でした。当サイトでこの街を取り上げるのも、なんと5回目になります・・・。

※関連バックナンバー
2007
年4月 25-5「リンゴ並木」(J-2 北関東・甲信越)

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2009.01.22

68-3 朱鷺メッセ(新潟市)

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「ときめっせ」と読みます。信濃川河口に近い新潟港の一角の再開発によって生まれた、コンベンション・センター、オフィス、ホテル等からなる複合施設です。新潟県の県の鳥から命名されたわけですが、何だか素敵なトキメキがありそうなネーミングですね。(笑)

画像の場所は全長350mの屋内歩廊「エスプラナード」で、縦と横の直線だけで構成されたシンプルなガラス張りの空間がどこまでも果てしなく、真っ直ぐ続く様は、駅のプラットフォームのスケールをも遥かに超え、大空港のターミナル・ビルの姿を連想させます。コンベンション施設(展示場)というのはとにかく広い面積を必要とするのだということがよくわかりますね。

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