J-19 九州南部

2019.12.30

100-19 市営新地団地(熊本市)

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「くまもとアートポリス(KAP)」のプロジェクト事業によって建て替えられた団地です。

まずはKAPについてのご説明ですが、「環境デザインに対する関心を高め、都市文化並びに建築文化の向上を図るとともに、文化情報発信地としての熊本を目指して、後世に残る文化的資産を創造する」ことを目的として、1988年に、当時の細川護熙熊本県知事(その後国政に進出し、1993年に総理大臣にまで上り詰められたことを、私は印象深く憶えています)によって始められた取り組みで、前年に西ドイツで開催されていたベルリンIBAを視察したことからヒントを得ているそうです。

公共建築は競争入札により設計者を決めることが通常ですが、KAPにおいてはその選定についてコミッショナーに全権を与えるという特殊な制度を取っており、最大の特徴となっています。これによって国の内外を問わず評価の高い建築家やデザイナー、あるいは前途有望な気鋭の建築家等が多く起用されています。初代のコミッショナーは磯崎新氏が、3代目となる現在は伊東豊雄氏が務めておられます。

これは全国初の試みであり、かつ30年4代の知事にわたってこのような制度が持続しているのは熊本県だけなのだそうです。そして対象プロジェクトは日本建築学会作品賞をはじめ、数多くの賞を受賞し、建築的に高い評価を得ています。一方で、個性の強い単体の建造物ばかり目立ってしまうのは、地域全体の景観にとってはマイナスなのではないか、という気も個人的にはしています。

そして、この「新地団地」はKAPの中でも最大規模のプロジェクトであり、全体を5つのゾーンに分け、それぞれを別の建築家が担当し、その個性を競い合っています。この画像は1991年に竣工したA街区のもので、全長170mの5階建て住棟(画面右側)2棟が中庭を囲んだ2~3階建ての低層棟(画面左側)を挟み、外部空間の質が高い住区を構成するよう意図しており、日本文化デザイン賞、日本建築学会賞を受賞したそうです。

この画像は比較的よく撮れていると思ったものを選んだのですが、築30年近くを経過していることもあってか、団地全体として外壁の汚れがとても目立っていました。奇抜な造形と派手な色彩が余計に汚れを目立たせ、失礼ながら廃墟のような薄気味悪さすら感じられました。そして多くの住戸が揃いも揃って安っぽい緑色のネット(どうやら鳩の害に悩まされているようです)でベランダを覆っていて、景観を損ねているのも気になりました。完成後に生じうる問題が計画時点で想定されていないと、後から注意書きの看板だらけになったり、注意喚起のために段差に蛍光色のテープが張られたりして、せっかく美しさを追求して造られた建築作品も台無しになってしまうのが残念です。完成直後に見栄えのよい写真が撮れさえすればそれでいいというのでなく、建築は何十年経っても美しさを保ち続け、時の経過とともに新たな魅力さえ付加されていくような存在であってほしいと思うのですが。

 

年内の投稿は本日をもって終了です。今回で熊本県を離れ、年明けからはさらに西へ向かいます。

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2019.12.29

100-18 水前寺成趣園 その2(熊本市)

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前回(100-17)の水前寺成趣園についての記事で「マンションなどの高層建築物がよく見えて、園内の雰囲気を台無しにしてしまって」…と述べましたが、今回は発想を逆転して「庭園越しに撮ることで熊本の都市景観が魅力的に見える」ような画像を選んで掲載してみました。屋上に巨大な看板が出ていたり、形が不格好だったりしない、なるべく見映えのする建物が入るようなアングルを選んではいますが、こうするとなんだか熊本市を「ガーデン・シティ」なんていうキャッチ・コピーでPRできそうではないでしょうか。周囲に現代的な都市景観が見えることで、それとの対比によって伝統的な庭園の魅力がより引き立つようになるというのも、決して悪いことではないと思います。そんな事例を、当サイトのバックナンバーの中から以下にいくつかご紹介しておきます(※)。

それから、この水前寺成趣園では、池の周りをたくさんのトンボが飛び交っているのも印象的でした。

 

※関連バックナンバー
 89-4 新宿御苑と新都心のスカイライン(東京都)
 54-2 浜離宮恩賜庭園の橋(東京都港区)
 37-6 イスタナ・ガーデン(マレーシア・ジョホールバール)

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2019.12.28

100-17 水前寺成趣園 その1(熊本市)

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「水前寺」と言えば「三百六十五歩のマーチ」ですが、彼女は熊本市のご出身で、芸名はこの「水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)」から取られたようです。ここは熊本藩主であった細川家が1636年頃から約80年、三代にわたって造営してきた約7.3haの回遊式庭園で、阿蘇の伏流水が湧き出る池を中心に作庭され、築山や浮石、芝生、松などの植木で東海道五十三次を模したといわれています。

都市内に位置する庭園はどこでも同じような課題を抱えていると思うのですが、ここ水前寺成趣園も市電に乗れば街の中心部まで容易にアクセスできる利便性の高さから、周囲は市街化が進みマンションなどの高層建築物がよく見えて、園内の雰囲気を台無しにしてしまっているという声もあります。そうした周囲の建物が映り込まないように写真を撮るのは、結構苦労しました。

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2019.12.27

100-16 辛島公園(熊本市)

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市電通り(画面右側)に面し、官公庁や市内最大の繁華街にも、そして熊本都心部における交通の一大拠点となっているバス・ターミナルにも至近という、まさに街のヘソに位置する公園です。公園とその所在地である「辛島町」の名は、かつてこの一帯の広い面積を占めていた陸軍の練兵場を郊外に移転させ、そこに市電を通すとともに跡地を新市街地として発展させる礎を築いた明治時代の市長「辛島格(からしまいたる)」氏の功績を讃えてつけられたそうです。

そんなロケーションのためか、園内は芝や土で覆われた部分が少なく、周囲の歩道と一体的に舗装されているため境界を感じさせず、公園というよりはどちらかというと都会的で広場のような空間となっています。いくつか置かれているプランターは移動可能になっているようで、イヴェント会場としての使い勝手もよさそうです。

ところでバス・ターミナルに関して言えば、この公園の隣接地(画面左側)にホテル、ホール、商業施設等と一体的に再開発され、大型複合施設「サクラマチ クマモト」として今年の9月に新規オープンしている…はずです。テラス状の屋上庭園を有するこの施設の、桜の花が咲き乱れている完成予想イメージがとても素敵に描かれていて、「熊本に来るのは完成後にすればよかった」と思ったくらい、是非見てみたかったのですが、実物はどのようにできあがっているのか気になっています。

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2019.12.26

100-15 桜の馬場 城彩苑 桜の小路(熊本市)

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前回の大自然の中から風景はガラリと変わり、今回は政令指定都市・熊本市の中心部からお送りいたします。

ここ「桜の馬場 城彩苑(じょうさいえん)」は、奥に城の櫓(?)が見えていることからもわかるとおり、市内随一の観光資源である熊本城のふもとに位置し、総合観光案内所、歴史文化が体験できる施設「湧々座(わくわくざ)」と、熊本の名物グルメや特産品を扱う23店舗の「桜の小路」からなる観光施設です。

この施設は熊本城を訪れた観光客の「休憩所がなく、食事場所、土産物屋も少ない」「熊本がどういったところなのかわかりにくい」といった声に応えるため、地域の食文化や歴史、伝統を発信し城と城下町の魅力を高めることをコンセプトとして旧合同庁舎の跡地に整備され、九州新幹線(博多~新八代間)の開業に合わせて2011年3月にオープンしました。空間的には江戸時代の城下町を再現した小路をイメージしたとのことで、それなりに小ぎれいに造られています。同じく新幹線開業を機に誕生し、「ゆるキャラグランプリ」の王者にも選ばれた熊本県PRマスコットキャラクター・くまモンの姿も見えます。そのキャラクター・デザインは熊本城の黒を基調としているそうなので、城下町風の風景に意外と馴染んでいるのは決して偶然ではないのかもしれません。

ところで、同じく日本を代表する城の一つである名古屋城にも、隣接して「金シャチ横丁」という似たようなコンセプトとヴィジュアルを持った施設が2018年3月にオープンしていますが、これはどうやらここをモデルにして整備されたようです。そして、夜は早く閉まってしまうところまでそっくりです。

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2019.12.24

100-14 大観峰(熊本県阿蘇市)

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「グランドキャニオ~ン!!」

見渡す限りの大草原が突然えぐられたかのように、木々に覆われた急斜面(というかほぼ崖)となって果てしなく下っていき、その先には真っ平らな農地と集落が広がるという衝撃的な眺めに対して、私は思わずそう叫びそうになりました。あちらの風景は赤茶色なので、色味は正反対ですが。

もう少し科学的に、そして理性的に(笑)解説すると、ここは火山の噴火によって陥没した、南北25km、東西18kmという国内最大級の「阿蘇カルデラ」を囲む北外輪山の最高峰に位置する「大観峰」(だいかんぼう)という阿蘇屈指の展望スポットで、つまり私はお椀の縁のような所に立っていたわけです。数百mもの高低差を有する「木々に覆われた急斜面」は「カルデラ壁」、その先に広がる平らな盆地は「カルデラ床」と呼ばれるそうで、カルデラの内側(つまり火山の中!)に人々が集落を形成して定住し、広く農地開墾が行われ、国道や鉄道まで敷設されているというのは世界的にも珍しいケースなのだそうです。

火山の噴火が生み出したこの迫力ある風景には、地球の営みのスケールの大きさを感じざるを得ません。

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2018.08.12

96-7 宮崎地方裁判所日南支部(宮崎県)

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宮崎地方裁判所の、県内に3つある支部の1つは、日南市内のここ飫肥(おび)地区の城下町の中に置かれています。

建築作品として取り立ててどうということもない、ごく普通の公共建築だとは思いますが、裁判所という施設の性質と、古い城下町の雰囲気にふさわしい真面目さや堅実さのようなものが、外観の色彩や形態から感じられます。正面玄関付近の縦格子に使われているのは、もしかしたら地元産の木材である飫肥杉なのでしょうか…?

そして何といってもお堅い空間の雰囲気を和らげているのが、玄関前で出迎えてくれている、樹形が美しくてかわいらしい、南国を代表する植物・ヤシ(?)の大木です。

 

宮崎の風景のご紹介は今回で終わり、さらに700kmほど南下して、次回からシリーズの舞台は沖縄に移ります。

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2018.08.11

96-6 飫肥城下町・後町通り(宮崎県日南市)

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前回(96-5)ご紹介した「大手門通り」と直交する通りで、この沿道は純粋に住宅街というかお屋敷町になっていて、石垣や庭から顔を出している植栽等に、落ち着いた佇まいが感じられます。

飫肥(おび)という街は観光客向けの土産物屋や飲食店も少なく、観光地として訪れるにはちょっと物足りないように思います。そのかわり、こんな街に住んで、家の近所を散策したりしていれば、毎日を心穏やかに過ごせそうです。もちろん、私が現在の生活を捨てて1,000km以上も離れたこの土地に移住しようとまでは思いませんが、自分が住んでいる街がこのようにしっとりと落ち着いた景観だったら、故郷として、街により愛着と誇りが持てそうな気がします。

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2018.08.10

96-5 飫肥城下町・大手門通り(宮崎県日南市)

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宮崎県南部に位置する日南市内の一地区である飫肥(おび)は、飫肥城を中心とした伊東氏飫肥藩5万1千石の旧城下町で、江戸時代の街並みが残り、市街地の19.8haが重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。現在は約6,400人が暮らすという、静かな街です。

この「大手門通り」は、その名のとおり、城の正面玄関から真っ直ぐに延びる、いわば城下町におけるメイン・ストリートです。とはいえ、沿道が商業地区になっているわけでもないので華やかさや賑やかさとは無縁で、あまりの地味さに城へ向かおうした私などは通り過ぎて曲がり損ねてしまったほどです。そのかわり、敷地の広いお屋敷の石垣や生垣は立派で風格があり、城下町らしい重厚さは感じられます。

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2018.08.08

96-4 「道の駅フェニックス」から見た日南海岸(宮崎県宮崎市)

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「日南海岸」とは、そのような名前の特定の場所が存在するわけではなく、約100kmに渡る宮崎県南部(「日」向国の「南」)の海岸線の総称として、1950年以降、県内の観光業関係者によって用いられ始めた名前で(「湘南」とか、「コスタ・デル・ソル」みたいな感じですかね)、一帯は国定公園に指定されています。

画像の場所「道の駅フェニックス」は、宮崎が新婚旅行ブームに沸いた昭和40年代、県内最大手のバス事業者である宮崎交通によって建設され観光名所の一つとなった「フェニックスドライブイン」を前身とする施設です。ここは日南海岸を代表する景勝地として知られており、大海原に面した崖の上から、遠くに幾重にも重なる海沿いの山並みのシルエットがグラデーションのように霞んで見えています。先日(96-2)ご紹介した青島から始まる「鬼の洗濯板」がここまで続いているのもわかります。ここを通る道路は「日南フェニックスロード」の愛称で「日本の道100選」にも選ばれている絶景ドライブ・コースです。

そしてこの風景を特徴づけているフェニックスの木々ですが、これらは自生しているものではなく、宮崎交通の初代社長を務め、「宮崎観光の父」と呼ばれた故・岩切章太郎氏の「フェニックスを額縁にして太平洋を眺めたら、きっと素晴らしいだろう」という発案によって昭和10年代から植樹が開始されたというものです。植樹運動は日南海岸から県内各地へと広がっていき、フェニックスは昭和41年には宮崎県の「県の木」にも制定されました。

長い年月をかけて作り上げてきた景観によって演出された南国ムードが多くの観光客を惹きつけるとともに、地元の人々にとっての心の拠り所ともなっていった…という、壮大なロマンあふれるストーリーです。

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